成長

2013年03月20日

小説家として書き続けたいのは、人々の生きている心。

vol.23

文学部 国文学科 OG

一人ひとりの「違い」、その尊さを知った、学生時代。

本を読むことは、「生きること」と同じ。私はそう思っています。さまざまな出来事、人との関わり合い、心の動き...。描き出された登場人物の人生のあれこれを「読む」ことで追体験し、誰かと接したときと同じ豊かな感覚が得られるからです。そうした読み手として、人としての感受性も大切にしながら、小説家として7年、人が生きている日常のストーリーを書き続けてきました。
もともと作家志望だったわけではなく、デビュー作となった『はるがいったら』は、「書きたい」という純粋な気持ちが出発点でした。幼い頃から共に暮らした愛犬の最期を看取った日々の中で、「今、感じていることを、書き留めなくては」と、使命感にも似た強い気持ちが芽生えたのです。そしてオリジナルの物語として書き上げた『はるがいったら』が「第18回小説すばる新人賞」(主催:集英社)に輝き、25歳で小説家の道へと踏み出しました。
プロ作家の第一歩として書いたのが、メディアでも取り上げていただいた小説『タイニー・タイニー・ハッピー』の第1話。全8話からなるこの作品では、1話ずつ主人公を変え、さまざまな男女が共有する小さな幸せを描きました。それぞれに悩み、葛藤しながらも前に進む登場人物たちを書く上で、愛知淑徳大学文学部国文学科に在学中の経験が役立ったと思っています。
大学では本当にさまざまな人と出会い、関わり合い、学び合って、さまざまな価値観に触れました。「同じ学科、同じ年齢、同じ出身地、なのに一人ひとり中身がこんなに違うんだ!」そんな驚きとともに、「違う」ことのおもしろさや尊さ、愛おしさを感じたからこそ、今、小説家として登場人物の一人ひとりを「ひと」として深めることができるのだと思います。まさに、文学部の基本理念である「人間探究」そのもの。自分も含めた「ひと」をいろんな角度から見つめ、深く掘り下げて考える力が、4年間を通して磨かれたと感じています。

「心の動き」をすくい取り、書き表していきたい。


 そもそも国文学科に進学したのは、高校生の頃、『万葉集』について深く学びたいと考えたからでした。4年間、上代文学に限らず国文学を幅広く学び、多様なジャンルの文学作品にも触れ、視野も興味の幅も大きく広がったと思います。また、歌舞伎の鑑賞、京都での実地踏査、変体仮名の解読など、実践的な授業で文学の魅力を体感できたことも、現在の創作活動に活きる貴重な経験だと感じています。
印象深い授業は、2年次に受講した「文章表現」です。与えられたテーマに沿って文章を書くという内容でした。「こう書けば褒められるだろう」という狙った文章はことごとく先生に指摘され、「書く」姿勢や意識が変わりました。本当に思っていること、自分の心から湧き出てくるものを、奇をてらわず、ありのまま書こうと考えるようになったのです。
そして、初めて物語を創作したのが、ゼミでのことでした。私が3年次から所属していたのは、現在の愛知淑徳大学学長である島田修三先生のゼミです。『万葉集』について理解を深める学びの一環として、自分の好きな歌に物語をつけようという課題が出されました。私が選んだのは七夕の歌。思い浮かんだのは「ケンカした恋人と仲直りするために、雨降りの中、会いに行く」というストーリー。歌に詠まれた感情をベースに、想像をふくらませながら書きました。そのときに感じた楽しさは、今も私の心をあたたかくします。小説家としてのルーツのような体験だったなと、感慨を覚えますね。
今後も、年を重ねるごとに変化していく自分自身の感性、新しい視点を作品に活かしていきたいです。目には見えないけれどとても大切な、さまざまな人の「心の動き」を形にしていきたい。そんなふうに考えています。高校生や学生の皆さんも、ぜひ本を読んで何かを感じ取り、一歩を踏み出してみてください。たとえどんな一歩でも、前に進んでいく力になりますよ。

2012年6月 取材


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