式辞

令和3年度卒業式 卒業生に贈ることば

学長の島田です。卒業生の皆さん、本日はおめでとう。心から皆さんの門出の日をお祝いしたいと思います。本来ならば、皆さんのこの晴れやかな旅立ちの日を、国際会議場の大ホールの式典で、盛大に祝うはずでした。いうまでもなく、その日を華やいだ気持ちでもっとも心待ちにしていたのは皆さんだったと思います。しかし、2年にわたる新型コロナウイルス感染拡大の問題が、一昨年、昨年に引きつづき、晴れの日の行事にまで及ぶことになりました。集団感染を防がなければならぬという状況判断によって、皆さんが待望していた最大の晴れの式典が中止となってしまいました。

皆さんの心中を想像すると、学長として、まことに痛恨のきわみというほかはありません。むろん、皆さんの学習や研究、学生生活を指導し、支援したすべての教職員・事務職員も深く胸を痛めていると思います。また、大学生活最後の式典に臨む皆さんの晴姿を、一目見たいと思っておられたご家族の方々もさぞかし落胆されたことでしょう。なんとも言葉がありません。この鬱陶しい新型コロナウイルスの感染拡大が、すみやかに終息することを、皆さんとともに心待ちにしたいと思います。

さて、天災や厄災を嘆くばかりでは何も始まりません。これから、ほとんどの皆さんは実社会という新しい世界に旅立って行きます。皆さんの社会人としての本格的な活動がこれから始まるわけです。新型コロナウイルスの世界的感染の止まない、きびしい状況下ではありますが、新しい世界へと旅立つ皆さんに、たとえ微力なものではあっても、少しでも皆さんへの励ましやアドバイスになるような話を、はなむけの言葉として贈れたら、こんなに嬉しいことはありません。

すでに故人となりましたが、辻征夫(つじ・ゆきお)という現代詩人がおりました。軽やかな日常口語を用いた、ライトバースといわれる親しみやすい作品を残した人です。難しい言葉や表現はほとんど使いませんでしたが、いつまでも心に残る深々とした作品世界を残してくれました。私は辻さんの詩が大好きです。かつて皆さんの先輩たちの卒業式でも引いたことがありますが、本日は辻征夫『萌えいづる若葉に対峙して』という晩年の詩集から「宿題」という作品を朗読し、皆さんへのはなむけの言葉に代えたいと思います。『萌えいづる若葉に対峙して』という詩集は、辻さんがしばしば少年時代に立ち返って、過去のさまざまなことに思いをめぐらせる趣向の詩集です。ですから、言葉や表現はいっそう軽やかで、わかりやすく書かれています。しかし、含蓄や余情には深いものがあります。

それでは、辻さんの「宿題」をゆっくり朗読してみます。
宿題  辻征夫
  すぐにしなければいけなかったのに
  あそびほうけてときだけがこんなにたってしまった
  いまならたやすくできてあしたのあさには
  はいできましたとさしだすことができるのに
  せんせいはせんねん(注:先の年)としおいてなくなってしまわれて
  もうわたくしのしゅくだいはみてはくださらない
  わかきひに ただいちど
  あそんでいるわたくしのあたまにてをおいて
  げんきがいいなとほほえんでくださったばっかりに
  わたくしはいっしょうをゆめのようにすごしてしまった

というシンプルきわまりない詩です。一読すると、小学生時代に大好きだった先生と、遊びに夢中になって、ついその先生に宿題を出し忘れた後悔をずっと後になって噛みしめているような作り方をしています。もう先生は亡き人となっていて、今さら子ども時代の宿題の未提出を悔やんでみても、嘆いてみてもどうにもならないのですが、辻さんには忘れがたい悔いであり、嘆きであるようです。私はこの詩を少年時代に限定しない、もっと広い年齢の範囲で味わっています。これは、もしかすると大学生時代のことなのかも知れません。私にも敬愛する大学のゼミ教授がおりました。昨年、何十年ぶりかで先生と電話でお話をすることが出来ました。先生の声はすっかり年老いておられましたが、私は非常に懐かしく、嬉しかった。しかし、心のどこかに、わずかに後ろめたいものも感じていました。これが辻さんと同じ感覚だったと思います。つまり、先生に宿題を出し忘れているような感覚です。

むろんゼミの先生に対して出し忘れた宿題、大学では成績の根拠ともなる課題ですが、その種の出し忘れた課題はないと思います。しかし、先生はゼミを通して私たちにたくさんの無言の課題を出されていたと思うのです。先生は、ゼミや講義を通して、こういう本や資料があるから読んでごらん、こういう見方や考え方もしてごらん、といった示唆を絶えず与えてくださっていたはずなのです。何十年ぶりかで、先生とお話をして、具体的にはどんな課題だったか、すっかり忘れてしまいましたが、まだ自分は先生の出された多くの課題を提出していない、つまり宿題を出していない、と心のどこかが疼いていたようにも思います。もう一度、辻さんの「宿題」という詩を朗読します。

宿題
  すぐにしなければいけなかったのに
  あそびほうけてときだけがこんなにたってしまった
  いまならたやすくできてあしたのあさには
  はいできましたとさしだすことができるのに
  せんせいはせんねん(注:先の年)としおいてなくなってしまわれて
  もうわたくしのしゅくだいはみてはくださらない
  わかきひに ただいちど
  あそんでいるわたくしのあたまにてをおいて
  げんきがいいなとほほえんでくださったばっかりに
  わたくしはいっしょうをゆめのようにすごしてしまった

大学のすべての課程を終えて、キャンパスを去っていく皆さんにも、皆さんを親身に指導なさった先生がたから無言の宿題が出ているはすです。本や資料を少しずつ読んで解いていくような宿題かも知れませんし、一生かかってようやく解けるような難しく深い課題かも知れません。それ以上は、皆さんひとりひとりが心の中で絶えず自問自答してください。

どうか皆さん、卒業式のときに学長が辻征夫の「宿題」という詩について語っていたな、と心のかたすみで、時おり思い出してください。そして出来れば、先生から出された多くの課題について考えを巡らせてください。

以上を私の皆さんへのはなむけの言葉といたします。どうか、新しい人生を皆さんなりの智慧と努力で積極的に切り開いて行ってください。

令和4年3月17日

学長 島田 修三