キノコのパワーを科学する
キノコをもっとおいしく、もっと健康に
スーパーマーケットで手軽に買えるキノコ。カロリーが少なくヘルシーな食材として人気だが、実は美容や健康にも役立つ“抗酸化パワー”を持っていることを知っているだろうか。
「キノコの多くの品種には“エルゴチオネイン”という物質が含まれています。これは人の体ではつくることができない希少なアミノ酸誘導体の一種で、強力な抗酸化パワー(抗酸化作用)を発揮します」そう教えてくれるのは、食品化学や調理科学を専門とする菅野教授。
研究では多種多様のキノコを扱ってきたと言う。
「珍しいキノコのひとつ、マイタケの仲間である“アンニンコウ”は杏仁やアーモンドのような香りがすることから名づけられた白い幻のキノコです。食感も良いうえ、エルゴチオネインが他のキノコより多く抽出されたのですが、南米でしか栽培が難しいキノコのため、私たちはなかなか食べることができません。
他にも、ササクレヒトヨタケ(商品名:コプリーノ)は、傘の部分がささくれたように見えるキノコで、欧米の高級レストランでしか味わえない貴重な食材です。なぜ貴重かというと、名前の通り“ヒトヨタケ(一夜茸)”、つまり一晩しか生きられないキノコだからです」。
菅野教授らの研究グループは、このコプリーノが他のキノコと比べ約5倍以上のエルゴチオネインを含有し(下図:左)(下図:上)、強い抗酸化作用を示すことを突き止めた(下図:右)(下図:下)。
そしてこの発見をきっかけに、エルゴチオネインを毎日おいしく摂取する方法も模索した。
「実はこのエルゴチオネインは、加熱しても抗酸化作用が失われにくいという特徴があります。そこで、キノコ粉末を生地に混ぜて焼き上げた“キノコ卵ボーロ”を開発しました。“おやつとして1日10個”なら子どもから高齢者まで手軽に摂取できます。さらに、ご飯に取り入れる方法も考案しました。キノコの出汁を醤油と一緒に炊いた“キノコ桜飯”は主食として毎日食べられるため、無理なく続けられます」。
体に良い“機能性”を 摂り入れるには“おいしく”そして“続けられる”ことが大事だ。菅野教授の商品開発には、食に対する愛情が感じられる。
食べ物の“おいしさ”と“健康効果”を
両立させる研究
キノコの研究以外にも、これまで野菜や香辛料、ハチミツなど、身近な食材の抗酸化作用を研究してきたという菅野教授。食材の力をそのまま生かして“おいしく食べるにはどう調理すればいいか”をさまざまな実験で確かめているそうだ。
「たとえばハチミツ。これで寒天ゼリーを作ると、加熱の時に抗酸化作用が少し弱くなってしまうことがわかりました。だから、ハチミツを使うなら、火を通しすぎないプリンやムースのようなデザートにすると、体に良い機能性をしっかり摂ることができます。
香辛料にもおもしろい発見がありました。ジンジャーなどの香辛料を生地に混ぜて揚げたドーナツは、普通のプレーンドーナツよりも抗酸化作用が強く、健康面でもおすすめです。でも、シナモンだけは少し特別。揚げるなど高温で加熱すると力が弱くなってしまうため、トッピングとして仕上げにふりかけた方が、香りもよく、健康にもいいのです」。
おいしさと健康、どちらもあきらめない“科学的なお菓子づくり”。
そんな研究が、菅野教授の研究室で続けられている。
そして、次に予定しているテーマは“お米”。
今後は菅野教授が以前取り組んでいた研究を再開させるのだと言う。
「デンプンの構造って、実はまだ解明されていないことが多いんです。炊飯の中でお米の分子がどのように変化してご飯になるのかを調べれば、硬いお米をおいしく炊く方法や、品種改良のヒントが見つかるかもしれません」。
お米や小麦粉などの素材が“おいしく変化するしくみ”を分子レベルで探る“分子調理学”の視点から、おいしさの科学にせまる研究へと発展させていく。
日本の食文化を支える――そんな研究がここから生まれようとしている。
菅野 友美教授
Profile大学卒業後に管理栄養士の国家資格を取得し、イチビキ(株)で食品研究や商品開発に携わった後、大学教員に。趣味はお菓子づくりで、思い立つと夜中でもホイップを泡立ててケーキを焼くことも。とはいえ自身ではあまり食べず、誰かに食べてもらうのが好き。