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随想

時の歩み

理事長 小林 素文

未来はためらいつつ近づき
現在は矢のように速く遠く飛び去り
過去は永久に静かに立っている

 本年度の大学の入学式で、このシラーの「時の歩み」を紹介し、貴重な大学時代を実り多いものとしていただきたいとエールをおくりました。
 『光陰矢のごとし』時はまたたく間に過ぎ去っていきますが、こと青春時代の日々は甘美な色彩をおびてきます。

青春とはなんと美しいものか
とはいえ、見る間に過ぎ去ってしまう
愉しみたい者は、さあ、すぐに
たしかな明日は、ないのだから (塩野七生訳)

 このロレンツォの『バッカスの歌』はイタリア人なら誰でも知っている詩ですが、こうした思いは万国共通です。

朱の脣に触れよ
誰か汝の明日猶在るを知らん
恋せよ汝の心猶少く
汝の血の猶熱き間に (森鴎外訳)

 このデンマークの童話作家アンデルセンの『即興詩人』でうたわれているモチーフは、日本では吉井勇が『ゴンドラの唄』でうたっています。

いのち短かし、恋せよ乙女
朱き唇あせぬ間に
熱き血潮の冷えぬまに
明日の月日はないものを

 どの国でも誰にも青春時代はあります。その真只中にあるときは、つらく、むなしい日々もあったであろうに、その景色が遠ざかるほどに、なつかしさがつのってくるものなのでしょう。


 『ゴンドラの唄』の作者、吉井勇は、朝日歌壇の選者を30年以上つとめた前川佐美雄が「明治・大正期の歌人で生涯を通して万葉・古今以来の和歌の正道を歩んでいる歌人といえば、僅かに与謝野晶子と吉井勇にとどまる」と称えられる歌人です。
  なるほどこの二人の青春をうたう歌は活力に満ちています。

その子二十櫛にながるる黒髪のおごり春のうつくしきかな(与謝野晶子)
夏はきぬ相模の海の南風にわが瞳燃ゆわが心燃ゆ(吉井勇)

 伯爵の次男に生まれた吉井勇は、その活力に満ちた時代、京都の祇園に遊び、艶のある歌をうたっています。

かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水のながるる

 こうした人のうらやむ青春時代を送った勇も、四十代に入ると挫折を味わいます。

風雲の児とならばやと思ひたることもむかしの夢なりしかな
われとわが野晒し姿まざまざと目にこそうかべ夜半のまぼろし

 どん底にあった勇にも救いの手が現れます。かつての文士仲間であった女性です。彼女との生活の中で、しみじみとした歌をうたうようになります。

京に老ゆ若狭かれひのうす塩をこよなき酒の肴として
すやすやと寝息かすかに立つるのみひそけきかもよ妹の夜の閨

 青雲の燃えるような唄をうたった吉井勇の74年の人生には、誰にでもあるように、彼なりの起伏がありました。
 青雲の時、挫折の時、人生を充分に積み重ねてきた時、その折々にうたわれた歌は、自分の心に正直に、感受性豊かに生きていた証しであるがゆえ、胸をうつ作品となっているのでしょう。


 今、愛知淑徳学園には、1万人を超える生徒・学生たちが、保護者の皆様の支えの中、やがて自立し、支えられる側から支える側となろうと学んでいます。
 こうした学校という空間での日々は、利害をこえた純粋な世界であるだけに貴重であり、そこでの泣き笑いや体験は、誠に尊いものです。
 やがて自立し、支える側となったとき、吉井勇のように挫折することもありましょう。しかし、自分に正直に生き、感動し感謝できる感性を持ち合わせていれば、勇のように、やがて心豊かな日々が送れるようになれるのかもしれません。
 それだけに、それぞれの「時の歩み」の中でも、学校という空間にいる間は、生徒・学生諸君は、その時にしかできないことに思い切って挑戦し、泣いたり笑ったりする中で、感受性豊かな、思いやりのある心を養っていってもらいたいと存じます。


 この原稿を校正している時、「淑徳だより70」が届きました。その中で、前期生徒会長 永井さんの次の文に感銘を受けました。こうした生徒たちが次々と育っていくことを願いたいと思います。

 「私は淑徳の学園祭が好きです。仲間同士、泣いたり笑ったり怒ったりふざけたり・・・。たくさんの感情が詰まっている学園祭が大好きです。〜(中略)〜
 ただ「お疲れ」と声をかけてくれるだけで「頑張ろう」という気持ちになるのです。仲間の大切さ。こんな当たり前の事に気づく事が出来ました。
 私は生徒会長として大好きな淑徳の学園祭に携わることができ感謝しています。
 ありがとうございました。」