追究

2026年03月31日

令和7年度 第2回 文学部講演会 「近世書籍文化にみる日本の古典文学――蔦屋重三郎のあとさき」

2025年12月5日(金)長久手キャンパス7号棟731教室

古典との距離が近い江戸時代から学べることは何か。

書籍文化を通して知る機会となりました。

 12月5日(金)、文学部 国文学会が企画・運営する「令和7年度第2回文学部講演会」が開催されました。講演者としてお招きしたのは、名古屋大学大学院 人文学研究科の准教授である加藤弓枝先生です。加藤先生の専門分野は、近世和歌、書誌学、書物文化、古典教育、出版文化など多岐にわたります。今回は「近世書籍文化にみる日本の古典文学」をテーマにご講演いただきました。

 教科書に載っている古典文学作品は、いつから大衆にとって古典となったのか。どうして江戸時代の大衆は古典との距離感が近かったのか。加藤先生は、「書籍文化から考えるうえで重要になるのは出版」と話し、印刷技術の種類や系統の歴史をたどりながら解説されました。

 日本の印刷物は大きくわけて2種類あり、ひとつは整版で、漢字を用いた仏教関連の文献が中心でした。もう一つは活版印刷です。秀吉軍が朝鮮から日本に持ち帰った銅製活字はコストが高く、技術的にも難しかったため、日本では主に木製活字が用いられました。近代の活字と区別するために古活字と呼ばれます。この古活字によって、ひらがなの印刷が可能になり、商業出版の成立に大きく寄与しました。教科書に載っているほとんどの古典文学作品が古活字版で刊行されるようになります。限られた範囲で享受されていた古典文学が大衆に広まっていくきっかけになったのです。

 加藤先生は、古活字版で美術的意匠を試みた嵯峨本についても言及され、徒然草が多くの人に読まれる古典になったのは、嵯峨本のプロジェクトが大きな契機であると話されました。

 古活字版は本屋誕生のきっかけもつくりました。しかし、古活字版が流通したのは約50年という限られた期間。読者層の拡大によって需要が増大し、木製古活字印刷では応えきれなかったというのが通説でしたが、最近になり、版木には出版に関わる権利が付随するという合意が、この時期形成されたという説も。活字だとバラバラになったら権利を主張できないため、製版に戻して版木を持つ方が商売上のメリットがあったと言われています。

 その時代、人々は古典とどう付き合っていたのか。加藤先生は、「蔦屋重三郎と江戸書籍文化」を知るうえで抑えておくこととして、書物と草紙、本屋の定義について説明されました。書籍の出版・流通網が整備された背景、本屋仲間にも触れ、「寛政期にかけて大きく時代が動きました。古典にも大きな影響を与えていくことに。この動向は本屋を見ていくとわかります」と、蔦屋重三郎が出版したものを例に解説いただきました。

 また、江戸時代の美意識、「通」について、武士階級の作者が「通」を意識して書いた戯作、狂歌のことなどにも触れられました。江戸の作品はパロディの世界。百人一首などの古典をベースに、より面白くする文化的な背景があったそうです。その結果、女児の教育にも百人一首が使われるようになります。また、寛政の改革で文化の担い手が武士から町人へ。さまざまな要因が重なり、百人一首は学問のひとつとして民衆に広く普及しました。

 古典が身近にあった江戸時代から私たちが学べることは一体なにか。加藤先生は「学術と大衆文化を両立させているのが江戸時代。古典の入口が多様だということも見えてくる」と話されました。古典を知っていることで、より楽しむことができ、共有できる物語などがあることによって文化的な連帯感が強まるそうです。さらに「古典は社会的につくられているという視点を持つことが大切。古典の価値を相対化しつつ、より多様な作品へつなげていくものなのではないかと思います」と続けました。

 最後に加藤先生は、「古典などを通し、異なる世界観や価値観と出会うことが国文学科で学ぶ意義ではないでしょうか。他者を理解する力、変わり続ける社会を読み解く確かな目を養うことができると思います」と語り、ご講演を締めくくられました。

 貴重な板木の実物を学生たちに回覧し、講演後の質問にも丁寧に答えてくださった加藤先生に向け、会場からは大きな拍手が送られました。