健康づくりや病気予防に役立つ情報をお届けする「健康豆知識」。
愛知淑徳大学クリニックの医師が執筆する記事で、日々の健康管理や予防に役立つ実践的なアドバイスをご紹介します。
遺伝子レベルで実装される体内時計
前回は人間が身につけた不自然な習慣が体内時計に背いている、という話をした。食物の吸収や代謝機能の調節という観点では、日中(活動期)に消化吸収・物質合成などを行い、夜間(休息期)に脂肪合成を行うことが定められたプログラムである。だから、日中の食事摂取後には熱産生(エネルギーの消費)が大きくなり、夜間の食事摂取後にはそれが約半分になる、そして、その残余エネルギーは皮下脂肪として蓄積される。深夜のラーメンや湯上がりのアイスクリームをやめられない人がダイエットできないのは当然なのである。そして、この体内時計というのは遺伝子レベルで実装されている。つまり、習慣性などによってはその針を動かせないということを意味する。だから、「長年深夜に仕事することが続いて、体もそれに慣れている」というのは誤りで、人為的な日内リズムに慣れたように感じていても、実は体は悲鳴を上げ続けているのである。次回のコラムでも、もう少しこの話を続けよう。
体内時計と生活習慣
生物には自然の時間、それは地球の自転による1日24時間という時間であるが、に同期して活動期と休息期を繰り返すリズム(概日リズム)が存在し、この時間を刻むのが体内時計である。多くの生物がこの概日リズムに生活リズムを一致させているのに、人間だけが独自の習慣を身につけた。しかし、体内時計が要求するリズムと不調和な行動は心身の不調を引き起こす。例えば、「朝の太陽光を浴びない」「昼間の運動不足や夜間の激しいトレーニング」「就寝前のカフェイン(覚醒物質)摂取」「寝酒(アルコールは催眠物質だが、その代謝物質のアルデヒドは覚醒物質)」「寝不足(深夜勤務シフト)」などである。食習慣で言えば、「朝食抜きで深夜にドカ食い」などは生活習慣病に繋がることは知られているが、それは体内時計と密接に関係している。体内時計と栄養学との関係を時間栄養学という学問が明らかにしている。それについては次回のコラムで述べようと思う。
ストレス反応
激しい運動をすると、心臓の拍動は増し血圧は上がり、呼吸数は増えて汗が出る。運動は意思により開始し、終えることができるが、脈拍や発汗は意思では調整できない。この反応を司っているのが交感神経である。運動神経系にとって優秀な部下であり補佐を勤める。
大雑把に言ってしまうと運動時には交感神経が、安静時には副交感神経が主になって調節している。交感神経と副交感神経の両者が絶妙のバランスで生命を維持している。
運動もしていないのに、不意に心臓の動悸が出現し、呼吸が速くなったりすると不安になる。この状態をストレス反応と呼ぶ。
小便をしているときに隣に上司が来ると尿が出なくなってしまうことがある。この反応もストレス反応の一種である。
排尿は交感神経系により抑制されるからである。
人間は大きなストレスに遭遇すると誰でも同じような症状を呈すると半世紀前にセリエは述べている。
しかし現代のストレスはそう単純ではない。
アルコール依存症
アルコール依存症ほど原因のはっきりしている病気は珍しい。文明とともに増え続け先進的な国では重大な社会問題になりつつある。
誰でも大量に酒を飲み続ければ依存症になる。成人男性が毎日清酒を5合飲み続けると3年で、3合飲み続ければ10年で依存症になるといわれている。毎週末に大量に飲酒する人も依存症になる。
大量飲酒者とは一日あたりビール中びん3本、日本酒3合弱の量に相当する人である。
酒は適量に飲めば健康によい。適量とは、ビール中ビン1本、清酒1合、ウイスキーならダブル1杯、焼酎で3分の2合である。
アルコール依存症は人間がアルコールに絡め取られた状態であり、心の病気であり、進行性の病気である。
依存症は手や舌の震え、発汗、吐き気、微熱、高血圧などの離脱症状がでて始めて診断される。
しかし離脱症状がでないからといって依存症ではないとはいえない。依存症であっても酒は1週間でも1ヶ月でもやめていられるが次の飲酒の機会を待っている限りアルコールの呪縛から逃れているとはいえない。
高血圧の診断基準と降圧目標値
日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会は、2019年に「高血圧治療ガイドライン2019」を作成した。2014年の旧版と大きく異なるのは、家庭で測定された血圧値も診察室で測定した血圧値と並んで高血圧の診断基準としたことである。当然ながら、家庭で測定される血圧値は診察室内より低いという前提で作成されている。それによれば、正常血圧は115/75以下、高血圧症は135/85以上と、多くの方が考えているよりかなり低い。その理由は、種々の統計学的データが、誤解を恐れずに言えば、「血圧は低ければ低いほど良い」という結果を示しているからである。背景には、安全に副作用なく降圧できる多くの薬剤が開発されたことがある。自宅での血圧測定を積極的に進めて、高血圧が疑われた場合は、是非、医療機関への受診を躊躇しないでほしい。
(2022.1.31 記)
くしゃみ
くしゃみにより排出される呼気は4m先まで飛ぶことが実験で分っている。誰もが経験あるものでくしゃみが出たからといって病気ではない。いつ・どこで出るか予想不可能であるが、くしゃみが止まらないという場合はアレルギー症状の可能性もある。くしゃみの基本的な役割は鼻腔内の埃、異物を体外に排出する噴出機能である。そのため、鼻腔に異物などが侵入すると反射的に起きる生理現象で、自分で抑制することが難しい。
くしゃみは快感が伴うのが普通である。快感は尾を引く。一発の快感は2発目の快感を求める。2発目は3発目のおまけを期待する。出そうで出ないむずむず感がたまらない。貯めて出す瞬間は悪意に満ちた社会への精一杯の反発である。しかし、あまり気持ちよさそうにやると周囲の反発をかう。せめて「申し訳ない、もう絶対にやりません」という気持ちになってほしい。飛沫の飛んだ先に誰かがいるってことをいつも念頭においておきたいものである。
高齢化とサルコペニア
日本は世界で最も高齢化率の高い超高齢社会である。高齢化とは平均寿命が延びることでそれ自体は喜ぶべきことである。長くなった人生をできれば健康に自立した状態で送りたいと誰もが考える。この状態が健康寿命である。しかし、健康寿命は平均寿命に比べて男性で9年、女性で12年ほど短い。
この差は、日常生活に制限があり介護を必要とする期間である。要介護状態となる原因のひとつに加齢による衰弱がある。いろいろな臓器の働きが低下してそれが複数の病気につながっていくのだが、それと同時に筋力の低下または筋肉量の減少も生じる。この状態がサルコペニアと名付けられ、昨今注目されている。サルコペニアに伴う転倒や骨折などは寝たきりの原因になるので、その予防が重要視されているのである。
こういう理由で、高齢者ほど良質のタンパク質を摂取することと運動習慣を維持することが求められているのである。
普通の風邪
2023年2月。特別養護施設の理事長から電話があった。「奇妙な感染症が流行っている」ということだった。
入所患者の大半が発症している。症状は頭痛、咽頭痛、咳、鼻水、発熱だという。
病院も併設しているので、病院へ来院させて外来の担当医に診察させたそうだ。
4人の内科の医者が総勢30人程度の患者を診たそうだが、どの医者も診断ができなかった。
「いずれの患者も症状は軽く数日で治るのだが、原因を知りたい」という電話が私に掛かってきた。
私は大学の感染症医学教室に問い合わせることを勧めると、彼は患者から集めた検体をもって大学を訪れた。
そしてすぐに結果が出た。
コロナでもインフルエンザでもなく、従来から流行っていたいわゆる風邪の病原体が正体であった。
施設では新型コロナウイルスの予防の為に万全な対策をとってきた。3年間は完璧に抑えられてきた普通の風邪が日の目をみて活躍しだした、ということのようだった。
普通の風邪の診断は医者にとっても難題であるのだ。
メタボリック症候群
いわゆる「メタボ」と言われる「メタボリック症候群」とは、内臓脂肪の蓄積によって、糖尿病、高血圧症、脂質異常症(かつての高脂血症)などの病態を引き起こし、結果として、心筋梗塞や脳卒中が発症しやすくなる状態である。
脂肪が過剰に蓄積した状態を肥満と定義するが、皮下脂肪が蓄積してもこういった代謝異常は起こさない。どちらの脂肪蓄積による肥満なのかを見極める方法が腹囲測定で、男性で85cm、女性で90cmを超える人たちは要注意である。
食べ過ぎと運動不足が肥満やメタボの原因である。食べ過ぎといえば脂肪に目を向けがちであるが、特に日本人の場合、炭水化物(糖質)の摂り過ぎが大きな原因である。カロリー過多に加えて、糖質過多と運動不足、この3つを避けることが予防となる。
内臓脂肪は皮下脂肪に比べて代謝学的に活発で、頑張れば落ちやすいのが特徴なので一念発起をお勧めする。その際、有酸素運動だけでなく、筋トレを行うと効果が高い。
フレイルとは
加齢とともに運動機能や認知機能が低下して心身の脆弱性が日常生活に及ぶと介護が必要となる。高齢者の介護は超高齢社会に突入した日本の最重要課題である。
介護状態に移行する前に早く気づき、正しく介入をするために提唱された概念が「フレイル」である。
フレイルとは、健康な状態と介護状態の中間の状態をいう。
フレイルの基準はFriedが提唱したものが採用されていることが多い。基準には5項目あり、3項目以上該当するとフレイル、1または2項目だけの場合にはプレフレイルと判断する。
- 体重減少:意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
- 疲れやすい:何をするのも面倒だと週に3-4日以上感じる
- 歩行速度の低下
- 握力の低下
- 身体活動量の低下
高齢者のフレイルは、生活の質を落とすだけでなく、さまざまな合併症も引き起こす危険がある。
上手な怒り方
世の中は理不尽なこと、不愉快なこと、苛つくことで溢れている。怒りは何らかの対象に向かっているようで、実は自身を苛んでいる。そこで、怒りを自らコントロールしコミュニケーションを改善するアンガーマネージメントの手法が1970年代に米国で誕生した。2018年に開催された日本女性外科学会で秋田大学の蓮沼直子氏は上手な怒り方を紹介している。
まず、伝える内容の主語を「私」にすること。「あなたは○○だ」の代わりに「私はこう感じている」と言えば批判と応酬の構図になりにくい。
次に、過去の話を持ち出さない。「あなたっていつもそうよね、あの時だって・・」は、夫婦喧嘩をエンドレスにする。私を主語にすると過去の話が出にくくなる。
さらに、「ちゃんと」「しっかり」「もう少し」など、具体性に欠ける言葉を避ける。「ちゃんとやってって言ったよね」「だからちゃんとやったじゃないか」という会話は怒りを沸騰させる。
怒りをなくすことはできないがコントロールすることはできる。精神衛生上まことによろしいことである。
揺らぐ血圧
高血圧の疑いのある人には家庭で血圧を測ることが勧められる。医師が患者の血圧を測ると平常の血圧よりも高くなる可能性があるからである。診察室に入り医師や看護師を目の前にすると緊張し、血圧が上昇することがある。白衣を見ただけで血圧が上がる人もいる。そういう人の高血圧を白衣高血圧という。
血圧は自律神経系により調節されているので一日中変動している。多くの人の血圧は朝が高く夜は低い。
交感神経系と副交感神経系は微妙なバランスを保ちながら全身を保持している。
だからいつでも血圧は上がったり下がったりしている。心が揺らぐのは生きている証であるように血圧も揺らいでいる。
体温も血圧と同じように変動している。ヒトは体も心もゆらゆらしながら生きている。
秋風に揺れるコスモスのように。
「コレステロール」について
コレステロールは人間の細胞の細胞膜の材料として不可欠のものであるが、血中濃度が高い状態が続くと、動脈の内壁にコレステロールが沈着して血管がしだいに塞がっていく。心臓の血管が閉塞すると狭心症や心筋梗塞を発症することになる。これが高コレステロール血症を治療しなければならない理由である。
肝臓で合成されたコレステロールは、リポ蛋白と呼ばれるトラックに乗って血液の中を運ばれていく。体内各部へコレステロールを供給する供給用トラック(これをLDLという)が過剰になれば、動脈血管壁に沈着して動脈硬化症の原因となる。「悪玉コレステロール」と呼ばれるものである。一方、体内各部の余剰のコレステロールを回収する回収用トラック(これをHDLという)は過剰なコレステロールを血管壁から肝臓に戻す役割を負うので、動脈硬化の進展を防ぐことから「善玉コレステロール」と呼ばれている。
認知症と生活習慣病
代表的な認知症である、アルツハイマー病。今まで覚えていたことを忘れてしまい、知能は持続的に低下し、脳の萎縮を伴う病気である。もう一つの代表的な認知症は、血管性認知症。脳の動脈硬化がベースにあり、生活習慣病の行き着く先である。近年、両者の原因はオーバーラップしており、アルツハイマー病も血管性認知症と同様に、糖尿病、高コレステロール血しょう、高血圧などが危険因子だとする報告もでてきた。すなわち「アルツハイマー病も生活習慣病の一種である」と考えられるようになったのである。年を取れば誰でも物忘れをするようになるが、誰もが認知症になるわけではない。認知症はあくまでも病気であり、予防可能な疾患である。