追究

2023年01月30日

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

2022年12月8日(木)長久手キャンパス 825教室

博物館展示のプロが次世代型ミュージアムについて紹介。
世界各国の展示物を例に、新たな価値の創出や既存資源の活用方法を学びました。

 創造表現学部の創造表現学会が学生の学修意識を高めるために、定期的に開催する講演会「知求儀」。2022年12月8日(木)の講演会では、東京大学名誉教授の西野嘉章先生をお招きしました。西野先生は美術史学の立場から博物館工学(ミュージアム・エンジニアリング)を独創し、大学博物館事業で実践に移してきました。今回は西野先生が携わってこられた博物館事業の事例をもとに、「文化芸術立国」実現の方策について考えました。

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

 西野先生は「MOBILE MUSEUM PROJECT(以下、モバイルミュージアム)」という東京大学総合研究博物館が実施する産学連携プロジェクトに取り組まれています。モバイルミュージアムとは、展示コンテンツをコンパクトにすることで、学校や住宅、企業、公共施設など、さまざまな施設に博物館を構築できる次世代型ミュージアムです。比較的容易に仮設展示が可能な展示ユニットを用意し、施設に中長期的に貸し出すことで、人々が日常的に利用する空間に文化的な付加価値を加え、多くの人の感覚的美意識に働きかけます。

 モバイルミュージアムの例として最初に挙げたのが、大手不動産会社の展示です。会社は東京大学に寄付金を収める代わりに、骨格標本などの展示価値の高いコレクションを利用することができます。オフィスにコンテンツを展示することにより、外部の方からの関心を引き出すだけでなく、寄付による学術研究の支援や文化財の普及という側面から社会貢献を果たしていると、株主や不動産の取引相手にアピールでき、企業のコーポレート・ブランドの強化に役立っているそうです。

 さらにモバイルミュージアムでは既存の資源を「リデザイン」することで、今までにないヴィジュアルコンテンツを生み出す取り組みも行っています。その一つが「スクールモバイルミュージアム」です。廃校となった学校にものを展示してミュージアムを構築。机やイス、下駄箱、黒板などを活用して展示を行うことで、学校教育・文化教育の活性化を図ります。展示される品は金銭的価値の高い貴重品というよりも、明治時代の家具など学術的価値の高いものが多いそうで、それらを学校にある備品と組み合わせるなど“ちょっとした工夫”を加えて展示。この工夫によって展示物の見え方が大きく変わるといいます。

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

 東京大学が所蔵するコレクションは多岐にわたりますが、中には調査や研究が完了したものや、より深く研究できる資源に代替されたものなど、学術的価値のないものも多数存在しています。西野先生はそれらを再活用するため、「博物資源的価値」の発見に取り組みました。博物資源的価値とは、客観的に見てあまり価値がなさそうなものでも、そこに付着していた微生物が実は美容や薬学に好影響をもたらすことが判明するなど、学術的価値の低いものを別の視点から調査や研究を進めることで見出された、新たな価値を表しています。
 その一環として、ファッションデザイナーと協働で、虫食いにあってしまった昆虫の標本をプリントしたテキスタイル(染織物)デザインを考案。そのテキスタイルを使用した服を制作し、パリのファッションブランドに持ち込んでプレゼンテーションをおこないました。その結果、自然や研究の価値が想起される斬新なデザインが評価され、ヨーロッパやニューヨークのメディアに取り上げられるほどに。西野先生は「始まりは小さな芽でも、それを見ている人は必ずいて、徐々に大きくなっていくので、チャレンジすることは重要です」と語られました。

 また容易に全国各地で巡回展示ができることもモバイルミュージアムの特長です。巡回することで、全国から寄付金が集まるようになり、巡回プロセスを通じて改善されていくので、展示の質が高まります。そして世界各国で巡回することができれば、開催国でのパンフレットの作成やWeb広告などを通じて、その国の言語で表記できるようになります。すると別の展示会でもその国の言語で準備できるようになり、博物館価値の増大に直結するそうです。ほかにも学生と協力することで、学生の現場での実践的なトレーニングとなり、優秀な人材の育成にもつながるなど、多様なメリットが創出されます。

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

創造表現学会主催 知求儀「文化芸術立国2030」への提言

 講演会の後半は西野先生が関わった数々の展覧会について、展示物の配置や工夫、こだわりなどを紹介。その展示会の意味や、展示によってもたらされた効果についても解説されました。今回の講演会について、西野先生は「世界中で実施してきた展示会を学生に紹介することで、チャレンジすることの重要性を伝えたいと考えました。またわずかな資源でも工夫次第で素晴らしい展示や表現が可能なので、物事をさまざまな視点から見て、付加価値を見出せるようになってほしいです」と、表現に携わる学生への期待を明かしました。

 今回の講演会は、西野先生の独創性はもちろん、ものの価値の見出し方や、展示のメリットについてなど実務的な観点での学びが豊富な機会となりました。この講演を通じて学生たちは、物事を多角的に考えるようになり、表現の幅を広げるヒントを得たことでしょう。これからも本学では、プロの創作や表現にふれる機会を提供し、夢を追って日々精進する学生の背中を押していきます。