追究
2025年10月20日
創造表現学部 創作表現専攻 高校生のための一日体験講座

2025年8月7日(木)長久手キャンパス824教室
創作表現専攻の教員による高校生を対象とした体験講座を初開催。
大学で創作表現を学ぶことについて分野ごとに解説し、受講生の関心を高めました。
創造表現学部 創作表現専攻による初の試みとなる「高校生のための一日体験講座 大学で『創作表現』を学ぶとはどういうことか」が、2025年8月7日(木)に開催されました。小説、詩歌、マンガ、演劇など、さまざまな創作活動に関心を持つ高校生を対象に、大学で創作表現を学ぶ魅力や意義について、卒業後の進路も含めて本学専任教員が講義をおこないました。当日は、研究の最前線で活躍する教員たちが、それぞれの専門分野を生かした講義をおこない、大学での学びを具体的に体感できる一日となりました。
今回は創造表現学部 創作表現専攻の体験講座の内容について、ダイジェストで紹介します。
1. 酒井晶代先生/わたしたちは物語に包まれて育ってきた
まず、児童文学・絵本研究を専門とする酒井晶代先生は、乳幼児向け絵本『くだもの』(平山和子 作)を題材に、幼い子どもたちにとっての「物語」の役割について講義をおこないました。文字が読めない乳幼児に向けて描かれた、一見単調な繰り返しのようにも見える絵本の世界を、どのように感じ取り、物語として楽しむことができるのか。酒井先生はこの絵本の表現技法に注目し、「食べる楽しさの追体験」「子どもの成長」「季節の移ろい」「省略によって広がる想像力」「子ども自身が主人公となる構成」など、5つの物語を読み解いていきました。とくに、「ページをめくる」という絵本ならではの機能が、過去・現在・未来という時間の流れを子どもに実感させる大きな役割を果たしていることにも注目しました。さらに絵や言葉に加え、読み手の自由なアレンジによって、絵本がさまざまな表情を見せ、豊かな物語体験につながることを伝えました。
また、絵本は子どもが読むものであると同時に、つくるのは大人であり、読み聞かせるのも大人です。だからこそ、子どもたちに絵本の魅力をしっかり届けるためには、大人自身が絵本の構造や表現技法をよく理解しておく必要があると話しました。「単調に見える乳幼児絵本ですが、実は幼い人向けだからこそ入念につくり込まれているし、それゆえ様々な物語を読み込むことができる。」という酒井先生の言葉は、受講生にとって絵本の奥深さを感じることができた講義となりました。
2. 小倉史先生/物語にも文法がある?
続いて登壇したのは、映画研究を専門とする小倉史先生です。『千と千尋の神隠し』と『雨月物語』の二作品を題材に、「ヒーローズ・ジャーニー」の概念をもとに物語を読み解く講義がおこなわれました。ヒーローズ・ジャーニーとは、物語の構成パターンの一つで、「旅立ち」「試練」「帰還」といった流れを通して、主人公の内面的な変化や成長を描くものです。講義の中では、「どこからが異界なのか?」「帰ってきた世界は最初の日常の世界と同じなのか?」といった問いが受講生に投げかけられました。実際に映像を流しながら、登場人物の表情の変化や不自然なカット、セリフの視点の違いといった細部に注目し、そこに込められた心理や感情の変化を読み取っていきました。
また、物語のなかであちら側(異界)とこちら側(現実)の世界が重なる部分を「あわい」と呼びます。この「あわい」が、フィクションである作品世界に⼊り込もうとする受け⼿としての私たち⾃⾝の感覚とも、重なり合うものであると話しました。物語の文法を知ることは、長い人類の歴史の中で紡がれてきた物語の「型」を理解することでもあり、時代や文化を超えて共有される「欲望」や「思考のパターン」への気づきにもつながると語った小倉先生。「何かクリエイティブなことをしたいと思っている人ほど、まず定型を知ることが大切である」を伝え、講義を締めくくりました。
3. 柳井貴士先生/ベストセラー小説のどこがどう面白いのか
3限目は、沖縄をめぐる近現代文学を専門とする柳井貴士先生による講義です。
今回は、小説家・村田沙耶香の芥川賞受賞作である『コンビニ人間』を取り上げ、小説の面白さと社会への問いかけの重要性について考察を深めました。講義の冒頭で柳井先生は、この作品が示す問いについて、三つの観点から提示しました。第1に、日常的な社会の姿を非日常的に見せる「世界(社会)への異化効果」。第2に、他者や社会が前提とする「常識」への問い直し。第3に、「こうあるべき」とされる価値観と個人とのゆるやかな断絶。この小説が、自己と社会を相対化して描いている作品であると解説しました。作中では、人間的ではなく機械的に生きる主人公が、コンビニという代替可能な空間の中で自己実現を遂げていく姿が描かれます。柳井先生はその一節を引用しながら、社会の常識が反転するような世界観こそが『コンビニ人間』という小説の面白さだと語り、決して特別ではない世界の中で「何が当たり前なのか」を揺さぶる視点が、小説家にとって重要なのだと強調しました。
また、現代の読者が持つ今の感覚を大切にしながら、小説が社会とどのように関わっていくのかというプロセスにも注目。物語は、時代の空気や価値観を反映しながら生まれ、やがて社会に受け入れられていくものであると伝えました。そうした文学の力を、受講生自身が実感できる講義となりました。
4. 加島正浩先生/虚構と現実はどう関わっているのか?
4限目は、東日本大震災以後の現代文学を中心に研究している加島正浩先生による講義です。今回は「詩歌」を題材に、虚構と現実の関わりについて考察を深めました。
最初に取り上げられたのは、俵万智の代表作『サラダ記念日』の一首。加島先生は「なぜ七月六日なのか?」「なぜサラダなのか?」と疑問を投げかけながら、作品に込められた音の響きやイメージへのこだわりに注目しました。実際には違う日付や、サラダではない別の料理だった出来事を、短歌として響くように変更された点に触れ、何気ない日常を詠んでいるように見える短歌にも、綿密な工夫と創作の技法が込められていることを紹介しました。
続いて取り上げたのは、石井僚一による『父親のような雨に打たれて』という短歌。父の死をテーマにしているように詠まれているものの、実際に亡くなったのは祖父だったという背景が後に明らかになり、表現の事実性が議論を呼んだ作品です。加島先生はこのエピソードを通して、近代短歌が育んできた価値観やルールが現代にも受け継がれていること、そしてその歴史的文脈を理解したうえで創作に向き合うことの大切さを語りました。
良い短歌を詠むためには、単に感性に頼るのではなく、学び、考え、歴史や表現と向き合うことが必要であり、何を・どう表現するのか、そして誰もが情報を発信できる時代においてなぜ自分が表現するのかを問い続けることで、自らを社会へと開いていく姿勢を育てることが重要であると熱意を込めて伝え、受講生の創作への意欲を大きく刺激する講義となりました。
5. 永井聖剛先生/創作表現専攻での学びの特色と社会への通路
本講座の最後は、永井聖剛先生が「創作表現専攻で学ぶことの意味」について、進路選択や将来像を踏まえながら現実的な視点で語りました。大学や学部の選択肢が膨大にある現代社会は、多様性を反映している一方で、選ぶ側にとっては大きな負担にもなっています。個人の興味や価値観を突き詰めるほど、社会とのつながりが見えにくくなり、卒業後の進路との結びつきが不明確になるというジレンマも生じます。創作表現を学んだからといって、必ずしも小説家や漫画家になれるわけではありませんが、重要なのは「創作の世界と関わり続ける方法」を見つけることだと永井先生は語ります。創作そのものだけでなく、作品の価値を見抜き、活用法を提案・発信できる能力も、社会では強く求められています。コンテンツ産業の成長が期待される今、確かな鑑識眼を持ち、適材適所で活躍できる人材が必要とされています。永井先生は、仮に作家や漫画家にならなかったとしても、専攻で培った知識や経験を生かせる場は数多くあると強調しました。創作表現専攻は、その可能性を広げ、学生一人ひとりの挑戦を支える環境を提供していくと述べ、受講生にエールを送りました。
今回の一日体験講座を通じて、受講生は「大学で創作表現を学ぶ」ということの意味や魅力を、より鮮明に描けるようになったことでしょう。本学では、現役学生はもちろん、これから入学を目指す未来の学生とのつながりも大切にし、その活動や学びを力強く支えていきます。