成長

2021年05月26日

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

vol.67

現代社会学部 現代社会学科 都市環境デザインコース (現・創造表現学部 創造表現学科 建築・インテリアデザイン専攻) OG[2005年度卒] 宮本 久美子さん 宮本久美子設計建築事務所

学生時代も今も変わらず、楽しみながら建築設計に打ち込む日々。

 私は現代社会学部現代社会学科 都市環境デザインコース(現:創造表現学部 創造表現学科 建築・インテリアデザイン専攻)で建築を学び、大学院を修了後、設計事務所で働いた後に独立し、自身の設計事務所を立ち上げました。さらに、助手として5年間、母校の専攻に関わるなど、愛知淑徳大学とは長く関わってきました。現在は、住宅や店舗の設計活動の傍ら、非常勤講師として、母校の教壇に立っています。さまざまな立場で愛知淑徳大学と関わる中で感じるこの専攻の良さは、なんといっても「恵まれた学修環境」だと思います。専攻の専有フロアはおよそ1,500㎡の大空間で、その約半分を占める「製図室」は机がずらりと並べられているだけで、ほとんど間仕切りがありません。ここに学年や所属ゼミに関わらず、すべての学生が集い、制作や設計に励むのです。そのため、互いに向学心を刺激し合いながら学ぶことができますし、さらに年齢に関係なく良き仲間ができます。そんな環境でのびのびと建築設計に没頭することができ、また、その時に得た感覚は社会人になった今でも続いています。誤解を恐れずに言えば、まるで遊んでいるように気分が高揚するような感覚で「良いものをつくり出したい」という前向きな気持ちを抱えながら、今も変わらず、建築設計に打ち込むことを心がけています。

 商店街オープンに参加したのも、学生時代の先輩が誘ってくれたことがきっかけだったので、「学生時代に培った人間関係は、本当に財産だな」と感じています。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

キーワードは「シェア」。この街がもつ多角性を、プロジェクトに落とし込んだ。

 「商店街オープン」とは、名古屋市が主催する空き店舗改修プロジェクトで、街にゆかりがある人や街づくりに興味がある人、建築に関わっている人など、さまざまな立場の人が集まり、空き店舗改修のプランから実施まで手掛けます。2018年度の笠寺観音商店街を対象にした商店街オープンに、先輩は何の気なしに誘ってくれたのですが、実は、笠寺観音商店街は私の地元(しかも同じ町内)だったのです。先輩はその偶然にとても驚いていました。私は街づくりにも興味がありましたし、何より建築家として地元に恩返しがしたいという思いもあって、参加を決めました。
 対象となる空き店舗は、名鉄本笠寺駅から100mも離れていない場所にある「スナックやバーが入店していたビル」。この建物をどのように再生させようかと、10人ほどのメインメンバーと3ヶ月間ワークショップをおこないました。笠寺観音商店街の長所・短所を洗い出したりしてディスカッションした結果、考え出したキーワードは「シェア」。そして空間と時間を共有する「日替わりシェフのシェア食堂」をつくろうと方向性が定まりました。この建物に「食堂」をつくり、その食堂を、お店をやってみたいと考える複数のシェフさんに貸出し、シェフさんは1ヶ月のうち、自分の都合の良い日だけ料理を提供するという仕組み。すると、「今日はAという食堂で、明日はBという食堂」といった具合に、「日替わり食堂」が誕生するわけです。
 設計コンセプトは、ワークショップの際、「同じ事象に対して、人によって捉え方が異なる」と気づいたことから生まれました。たとえば、笠寺観音商店街の人通りの少なさに対して、ある人は「物悲しい」と言うし、ある人は「静かでいい」と言う。この街に高齢者が多いことに対して、「活気がない」と言う人もいれば、「レトロで趣がある」と言う人もいる。この捉え方の違いは、とてもおもしろいことだ気づきました。食堂計画予定の店舗はとても狭いのですが、それを裏側から捉えたら「家庭的である」とか「こじんまりしてあたたかい」といった、住宅の環境に近いという商店街ならではの視点を見つけることができます。この「多角的な視点をおもしろがろう」というマインドを具現化したのが「ひとつなぎの大きなテーブル」です。「食堂では、趣味趣向やバックボーンの違うさまざまなシェフやお客さんが、この大きなテーブルを一緒にシェアできたら」というストーリーを考えて提案しました。そしてこのテーブルは今、この建物が描こうとするストーリーを象徴するものとして、人々とのつながりや交流などを生み出す空間に育っています。

■宮本さんが店舗改修を手掛けた かさでらのまち食堂■

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

【かさでらのまち食堂】
http://kasaderanomachi.com/ks/

変化や新しいことに寛容なこの地だからこそできたプロジェクト。

 「シェア食堂」のオープンに続いて、プロジェクトが発展していくと同時に、ビルの上の階の改装に着手しました。無料の寺子屋や民泊、コワーキングスペース、レンタルキッチンがオープンし、商店街での暮らしを体験できる宿泊プランも生み出しました。さらには現在、「街の居場所を増やそうとするプロジェクト」が街全体に波及しているところです。笠寺観音商店街には、私たちが再生させた「かさでらのまちビル」をはじめとする複数のシェアスペースがあります。それらを一元管理できる仕組みをつくり、まるで利用者が街全体を借りている感覚になるようなシステム[まちを借りよう。通称:まち借り。]を構築しました。将来的には、私たちが提供するシェアスペースが、自宅や職場の延長のような心地よい第三の居場所「サード・プレイス」になり、それによって、街に関わる人の輪が広がり、持続的におもしろい街づくりができるようにしたい。そんな未来を思い描いています。
 このように「街全体を一つのコンテンツとして送り出す」ことができたのは、この笠寺観音商店街という地に、たくさんの「市民活動」が根づいていたからです。「どこかのおじさんがはじめた麻雀サークル」、「元気なおじいちゃんおばあちゃんが活動している歌声喫茶」、「笠寺観音商店街の魅力の一つであるはちみつに起因したグループ」などの団体が自然発生し、途切れることなくずっと続いてきたところに、「街が持つ懐の深さ」を感じます。笠寺観音商店街という場所に新しいことや変化を柔軟に受け入れる土壌が育っていたからこそ、このプロジェクトがフィットしたのでしょう。

■かさでらのまちビル■

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

【笠寺スペースバンク】
https://machikari.nagoya/

プロジェクト運営には、人々の声を形にしてきたこれまでの経験を活かして。

 この建物は、もともとスナックやバーだったということもあり、中の様子が外からは分かりにくい構造でした。けれど、せっかく街を巻き込む場所をつくろうとしている手前、どうしてもこのビルでおこなわれている活動が、街に投影されるようにしたい。そこで、外から唯一見える外階段に、網目状のステンレス素材をパッチワーク状にあしらい、人々が階段を往来する様子を、街に反映させるように工夫しました。網目の透過性は、場所によって変化を持たせることで、「風景がやんわりと移ろいでいく」ようにデザインし、人々の興味を惹きつけることも狙いました。
 このようなプランの立案や建築設計は本職ですが、今回のプロジェクトでは、半ば仲間に推される形で、運営代表を務めることになりました。クラウドファンディングやシェフさんのとりまとめなど、初めて経験することばかりでしたが、「いろんな人の意見を聞いて、一つの形にまとめること」は、まさに建築家としてやってきたことと同じで、これまでの経験を活かして、プロジェクトに還元できているのではないかと思います。

空間を創造することのおもしろさに触れ、建築設計に目覚めた学生時代。

 そもそも、建築を学ぶ専攻に行き着いたのは、成り行きみたいなところがありました。将来については、もともと絵を描くことや何かをつくることが好きだったのですが、それでは食べていけないだろうと漠然と不安に思う程度。いよいよ、進路決定をしなくてはいけない高校3年生の冬に、偶然見つけた愛知淑徳大学の現代社会学部 現代社会学科 都市環境デザインコースが、なんだかおもしろそうといった理由で、受験を決めました。そのため、「設計」や「建築」に対して、入学してもはっきりとつかめないままでした。それが、ようやくクリアになったのは、2年生で初めて設計課題に取り組んだ時でした。今まで、「建築は美しさを追究すればいい」と思っていたのですが、その授業では、建築=空間であって、空間を設計することは、今まで経験したどの創作よりもドラマチックだと衝撃を受けました。

 建築はなんて創造的なのだと驚き、そのおもしろさに惹かれて、時間も忘れて設計課題にのめり込むようになりました。「何とかなるだろう」と楽観的に考える性格がたたって、卒業制作では納得のいく結果が得られず、ゼミの担当教諭に泣きながら、大学院進学を宣言するなど、行き当たりばったりなところもありました。そんなエピソードも含めて、学生時代に得た、すべての経験が私の糧になっています。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

きっかけやチャンスを逃さず、没頭できる何かに出会ってほしい。

 2021年の4月から、建築・インテリアデザイン専攻でゼミを受け持つことになりました。私のゼミで学ぶ学生をはじめ、愛知淑徳大学で学ぶ後輩たちには、「限界をつくらないでほしい」と思っています。そして、何かに没頭してほしい。建築やインテリアではなくても、学生時代に何か一つ、心底打ち込めば、それが将来の強みになることでしょう。
 商店街オープンのような、学外でおこなわれるプロジェクトに参加するのも良いかもしれません。プロジェクトは、まるで社会の縮図です。さまざまな立場や意見を持つ人たちが一堂に会し、共通の課題を解決するために、協力し合います。その経験を学生のうちにしておくことは、大きなアドバンテージになるはずです。「プロジェクトは社会の縮図」と具体的に感じたのは働いてからですが、思い返せば、学生時代に履修したデザインワークショップも同じで、このワークショップは建築家の展覧会を本学に招致して実施するものですが、建築家の展覧会を数十人で企画・設営・運営する機会は、そうそう得られるものではないので、後輩たちにはぜひ、愛知淑徳大学ならではの学びの機会を有効活用してほしいと思います。
 今回、「かさでらのまちビル」は第28回愛知まちなみ建築賞を受賞することができました。この受賞が街の方々に、「みなさんのおかげで、このような賞を受賞することができました」と、感謝を伝える機会となり、とても嬉しいです。この建物ができて、街は確かに変わってきていますが、今後も、笠寺観音商店街が個性的で居心地の良い場所になるよう、建築への好奇心を忘れずに、挑戦し続けていきたいと思います。

■宮本久美子建築設計事務所の設計事例■

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

多角的な意見や視点を形にすることで、建築家として商店街を豊かにしていきたい。

【宮本久美子建築設計事務所】
http://302-archi.com/wp/