追究

2024年04月02日

令和5年度 第2回文学部講演会 真名本『曽我物語』「形見」論

2022年12月8日(金)長久手キャンパス8号館825教室

真名本『曽我物語』は“自爆テロ”だった!?
学習院大学・名誉教授の神田龍身先生独自の論説と語り口に
魅了された講演会でした。

 12月8日(金)、文学部の国文学会が企画・運営する「文学部講演会」が開催されました。講演者としてお招きしたのは、学習院大学の名誉教授である神田龍身先生。神田先生は平安朝、中世文学を専門に研究されており、日本の古典文学とエクリチュールを追求されています。講演のはじめに外山先生から神田先生のプロフィールを簡潔に紹介いただき、いよいよ講演が始まります。

 題目は、「真名本『曽我物語』「形見」論――歴史の当事者が即時・即自に歴史評価するという狂気」。今回の講演内容は神田先生の著書『鎌倉幕府の文学論は成立可能か! 真名本『曽我物語』テクスト論』(勉誠社近刊)に収められる予定です。
 先生はこの著書を執筆するきっかけとして、鎌倉幕府には文学的資料がほとんど残されておらず、それを論じようとする流れが希薄であることを述べられました。その中でも『吾妻鏡』と真名本『曽我物語』は共に関連性が高く、それぞれの関連性を紐解くために執筆したとお話いただきました。講演は事前にテクストが配布され、それに沿って進行していく形。初めに『曽我物語』が曽我兄弟(曽我十郎助成・五郎時宗)による父の敵・宮藤助経の敵討ちを描いた作品(結果、兄弟は討ち死にする)であることをご紹介していただきました。また、真名本は東国成立の擬漢文体テクストであり、それを受けて上方で成立した仮名本は真名本とはまったく違うテクストであることも教えていただきました。

 先生は真名本『曽我物語』を熟読したことで、物語内におびただしい数の兄弟の形見(遺品)が登場することに着目されました。兄弟の母親からは「連銭付たる浅黄の小袖」、箱根別当からは「黒鞘巻の小刀」と「兵庫鎖の太刀」を、といった具合にその数は相当数に及びます。では、なぜ真名本『曽我物語』の中にこれほどまでに多くの形見が登場するのか。先生はこの形見をもらったり、交換したりした事実をわざわざ記しているのは『曽我物語』が信用できる歴史テクストであることを証明するための「自己言及的記述」であるからだと示唆されました。さらに兄弟が敵討ちをする前から、自分たちが後代にどのように評価されるべきかを見越した上で、形見を用意したと大胆な説を唱えられます。

 これによって真名本『曽我物語』は、その歴史記述を支える「形見」の問題を極限まで突き詰め、敵討ち事件を起こした兄弟自身がその行為の歴史的評価もしてしまう、まさに自爆テロのような狂気的作品であることが分かります。人生を「現在形」で捉えるのではなく、歴史に名を残すことを前提に事件を起こし、討ち死にするという一種、異常な価値観を感じずにはいられません。歴史的評価はそもそも第三者による評価が妥当であるはずも、真名本『曽我物語』においては、当事者である兄弟が事件を起こす前及び最中にその事件の歴史的評価を下しているところにこの作品の興味深さがあり、神田先生の研究心に火をつけたものだと推察します。

 講演後は短い時間でしたが、学生から神田先生への質問を受け付けました。「なぜ平安文学を研究されているのか?」、「曽我兄弟の弟が頼朝に罰せられたが、どんな罰だったのか?」などの質問が寄せられ、それらに対し、真摯に回答される先生の姿が印象的でした。
 最後に国文学科の学生から神田先生への感謝の言葉が贈られました。代表の学生は「先生の講演を拝聴させていただいたことで『曽我物語』の新たな魅力に気付きました。もう一度、先生の視点から物語を再読してみたいです」と述べ、神田先生に向けて大きな拍手が鳴り響きました。