追究
2025年02月06日
創造表現学部 創作表現専攻 主催 講演会「温又柔さん トークショー」

2024年11月28日(木)長久手キャンパス 121教室
台湾人作家・温又柔さん トークショー
日本で育った台湾人として
小説家としての原点となった思いをお話いただきました。
11月28日(木)、創造表現学部 創作表現専攻が主催する講演会が開催され、講演者として作家の温又柔さんをお招きしました。温さんは2009年に『好去好来歌』で第33回すばる文学賞佳作を受賞し、作家デビューを果たしました。
温さんは3歳で日本に渡ってきた台湾人で、エッセイ『台湾生まれ 日本語育ち』が表すように、台湾人でありながら日本語中心で育ってきました。本専攻の柳井貴士先生とは古いご友人で、柳井先生は「念願叶って、ようやくお招きできました」と温さんを紹介すると、温さんは優しく微笑みながら学生たちに向けて、自分の作品を通じて伝えてきた日本人が感じてこなかった日本像や日本で生きてきたマイノリティやさまざまな違和感など、温さんの小説の原点やテーマとなっていることについて率直にお話ししてくださいました。
「昔から、温又柔ですって自己紹介すると、〝日本語がお上手ですね〟と言われて育ってきました」と冒頭から日本で育ってきた違和感を伝えた温さん。幼い時に来日した温さんにとって日本語は母国語のようなものであり、逆に台湾人なのになぜ中国語が上手じゃないのと言われることもあったそう。「同じように日本語を使っているのに、私は日本人ではない」という疎外感に似た思いは、やがて温さんの小説の素材となっていきます。
ここで温さんが丁寧に伝えていたのは「そんな私のことをわかってよ!」という意味で書いたのではないということでした。20代前半になり、日本で育った台湾人というアイデンティティーを持つ自分から、周囲は何を感じ、自分は何を発していくのだろうということを小説の素材として大切に伝えていきいたいと思い始めたことから、大学で小説の書き方を学び始めました。
「台湾人の自分にとって日本語は自分のものじゃない、しかしこの程度の中国語では台湾人でも中国人でもない」と周囲の対応からそう思い続けてきた温さんにとって、小説は自分のために作った安心できる居場所だったそうです。
「それが小説家の出発点としてよかったかどうかはわかりませんが、私は小説を書くことで、私はここにいてもいいと思えたし、何かになれると実感できた」と話すと、小説などさまざまな創作活動をしている学生たちは強く心を打たれた様子でした。
講演の後半は、創作活動に勤しむ学生たちへ力強いメッセージとも取れるお話が満載でした。「日本人として生まれなかったけれど、どうしようもなく日本語で育ってしまった自分を自覚した時から、多分、自分は予感していた」と話す温さん。学生たちに向けて「それは私だけではなく〝私が書かなければ、他の誰もわざわざ書くことはないだろう〟というテーマや素材が少しでもあれば、その気持ちに正直に従ってください。そして、創作活動を通じて、自分自身を肯定できる瞬間を数多く味わってください」と伝えてくださいました。
講演後の質疑応答では多くの質問が飛び交い、今回の講演会の感動や関心の深さが会場に溢れていました。
1人の学生が「私には温さんのような怒りに近いような強い感情がないまま小説を書いていますが、温さんは長らく1つのテーマで小説を描き続けて熱量が変化することはないですか」と質問すると、温さんは「怒りというか、あるがままに存在できなかった悲しさだった」と言いつつ、「しかし、私のように何かしらのマイノリティや強い感情がないと書いてはいけないということではないですよ」と創作の原点は多様であっていいと優しく伝えると、学生も安心した様子でした。
質問では、小説を書くことへの向き合い方や日本や世界の社会情勢にも及び、中身の濃い質疑応答は会場にいたすべての人の学びとなりました。
創作意欲の高い学生が集まった今回の講演会は、今後の創作活動に大きな影響を与えることでしょう。